54:「補給前の緊張」  6月2日から6月3日


6月2日


午前900 無線交信(テリーさんの無線を使用)
 交信状態ほぼ良好。
 レゾリュートも大場さんのいる場所もブリザード。

 補給物資の追加要請があり、次の物を用意する。

1.5リットルのアルミ製燃料ボトル(用途聞かず)1リットル用ボトルを用意
食用油 1リットルでは不足 1リットル追加 合計2リットル
はちみつ 350グラム 1本では不足 1本追加 合計700グラム
針と糸 ミトンが破けているので修理用
ペミカンを食べる容器 水筒の蓋の3倍位の大きさのもの

大場さんの位置(GPSによる)は、6月2日午後5時10分現在
   北緯8600分 西経7158分 (ワードハント島まであと303km
   天候はブリザードで視界悪い
   次回交信 63日 午前7時及び8

63
午前700705 無線交信にて確認
 はげしいブリザードで視界悪い。レゾリュートもブリザードで、風速約15m
 窓の半分位まで雪に覆われていることを伝える。大場さんもテントの入り口
 の雪を時々かいて、入り口を確保しているとの返事。次回交信午前8時。

午前800813 無線交信にて確認
 ブリザードはまだ続いている。風は南よりの風。食糧の残りを確認するとペ
 ミカン2食分のみ。天候の回復が遅れる場合を考えて、できるだけ食いつな
 ぐようにお願いした。大場さんからは補給に来る途中、飛行機からワードハ
 ント島までの氷の状態を見てきてほしいとの要望があった。
 次回交信は午前11時を約束

午前11001110 無線交信にて確認
 風は弱くなってきたが、視界はまだ良くない。ゴムボートとソリを繋ぎ合
 わせて使用する方法について話し合う。交信状態はあまり良くなかった。
 次回交信を午後7時と約束

午後700710 無線交信にて確認
 交信状態はあまり良くない。天候については、雪は止み太陽が出てきた。青
 空が一部見えてきたとの事。交信の最後に大場さんから要望があったが、ほ
 とんど内容確認できず。
 次回交信を午後8時・9時と約束
 64日午前7時及び8時に大場さんのいる場所の天候を確認して、よければ
 フライトできる事を伝える。その後交信状態悪く交信終了。

午後800810 無線交信にて確認

 初めは交信状態良好。のち悪くなる。 前回交信時の要望を聞く。
  大場さん・・・「糸ようじがほしい」

 滑走路の状態を聞く。
  私・・・・・・「滑走路の幅は」
  大場さん・・・「100m位あります」
  私・・・・・・「滑走路の長さは?」
  大場さん・・・「500m位です」
  私・・・・・・「雪の厚さはどれくらいですか?」
  大場さん・・・「5cmくらいです」
  私・・・・・・「滑走路に予定している両端には、プレッシャーリッジ(乱氷)
          等の障害物はありませんか?」

  大場さん・・・「障害物はありません」
  私・・・・・・「滑走路上に凹凸はありませんか?あると前回補給時のよう
          に飛行機がジャンプしてしまいます」
  大場さん・・・「大きいものはありません 又風は西南西の風で弱いです」

  私・・・・・・「雪は何時ころ止みましたか?」
  大場さん・・・「4時ころです」
  私・・・・・・「青空はありますか?」
  大場さん・・・「ちょっと待ってください 見て来ます」・・・・・・
         「頭の上に雲があるだけで、それ以外は青空です」

ブリザードは過ぎ去り、天候は回復したようだ。

  私・・・・・・「明日の朝7時に再度の交信でそちらの天候を確認し、ファ
                ーストエアー社で、衛星写真でチェックして問題なければ、
                8時の交信時には何時に出発できるかを伝えられると思
                います。明朝7時の交信をお願いします」

明日霧がでない事を祈る。補給体制は万全だ。

          63日午後830分 ベースキャンプにて 志賀


55:「補給はいつもプランB」  


6月4日

午後200
ユーレイカに向けて出発寸前、夕方5蒔に大場さんの無線のスイヅチを入れてくれるように交信する。「ラジャー、ラジャー」と聞こえたような気もするが心配だ。

午後220
レゾリュ一ト離睦。4000フイート(1200)の高さに一面の雲。

午後3:10
3000mの高度を時速200kmで飛行。ずっと雲の海だったのが前方に明るい所が見えてくる。太陽の光が下から当たってくるような感じだ。その明るい光の上へ行くと所々ペンキが剥げたように雪が解けたフィヨルドの上に出た。空気はすごく澄んで3000m上空からくっきり見える。大場さんのいる所がこんな感じだったらいいのだが。とにかく夕方5時に大場さんが無線のスイッチを入れてくれるのを願う。そうすれば天候が判るのだ。

午後500
風強くユーレイカの山にかかる雲が流れている。ツインオッター機もフラフラしながら着陸。すぐにラス機長が私を呼び無線の周波数を合わせながら大場さんに天侯を聞くように言う。周波数は5210.0。ラス機長がチャンネルをすべて回すが、ツインオッター機にはこの周波数がセヅトされていない。2度チェックしてラス機長も交信をあきらめた。

大場さんのいる場所の天侯が変わらないのを願うしかない。後で考えるとこれが間題だったのだが!! 野積みのドラム缶よりボンプを使い、3本分機体に入れる。さあ、いよいよ補給物費が届けられるぞ。今回は、念入りに無線交信もして準備したので、用意に抜かりはない。

午後550
機内にドラム缶を5本積み、ユ一レイカを離陸。大場さんのいる北緯86度まで3時間40分で行く。ツインオッター機には車のナビと同じものがあり、刻々と目的地迄の時聞が表示される。

午後6:55
飛行コースを東へ少し変えたと思われる。陸地の頂上は見えるが、海面は雲に覆われて見えない。5分ぐらいすると視界がパッとよくなった。これから先は大場さんが歩いてくるコースなので氷の状態をチェックするためにノートを取り出した。その時、副操縦士か後ろを向き私に何か言う。

騒音でよく聞き取れないが「大場さんの居る場所は、風が強いのでユーレイカに戻る」と言っているようだ。エッと思う間もなく左手に見えていた太陽が右手に見えてきた。旋回しているのだ。確かにユ一レイカを離陸してから1200mの高度になるまで、今までになく揺れていたのを思い出す。時計を見ると午後7時だった。改めて副操縦士に聞くと、ユーレイカの気象観測所で気象情報を取り、風がおさまるまで待つようだ。

ユーレイカヘの戻りの飛行は高く上がらずに飛ぶ。山にかぶった雪の表面が解けて、また凍って奇麗だ。ツルッとした感じでその山に薄雲がかかって絵の様だ。その美しさは予定していた補給がまた、プランB(予定の立たない計画)に変わったイライラを慰めるのに十分だった。

午後810
ユーレイカに戻る。すぐパイロットはドラム缶より燃料を補給し始める。往復、2時間半ぐらい飛んでドラム缶3本程使ったようだ。

午後900
「衛星写真を見て、飛行の判断をする」と言う。こうなったら、いろいろ考えても仕方がない。パイロットの判断に任せるしかない。チラッと大揚さんの顔が浮かぶ。午後1時の無線交信で午後2時の出発を伝えているので、なぜ到着しないのか、心配しているだろうなと思う。

午後1030

ラス機長がホテルのサロンに来て、すまなそうな感じで、「今日は風が強く、飛べない。明朝5時、霧のでないうちに出発する」と言う。4時には起きなければならない。私にとっては今回3回目の補給。いつも予定通りにはいかないのが判っていても途中からの引き返しはさすがに疲れた。補絵はいっでもプランBというのをつくづく思い知らされた。

64日 午後1200ユーレイカにて 志賀

注:北極圏では、予定はABしか無くて、Aは予定通り、Bは予定が立たずひたすら
  待つだけ。

   天侯だけではなく、補給物資も1週間に数回の定期便だけが頼りの場所では、目
  の前に有る物しか当てにできず、殆どの事がプラン
Bとなってしまう。


56:「帽子が空を飛ぶ」   


65

午前400
激しく叩くドアの音で目が覚める。「はい」と言って飛び起きる。ラス機長が起こしてくれたのだった。この瞬聞から「補給」という現実が始まる。楽しい夢を気持ちよく見ていたような気がするが思い出せない。

午前515
副操縦士のマイクが後ろを振り向き、親指を上げ、「行くぞ」の合図をする。離陸。雲はあるが視界は良好。風は昨日ほどでないがかなりある。ツインオッター機は1分間に150mづつ上昇、1200mの高さに雲がある。可変ピッチのプロペラ音が腹に響く。時々、気圧の変化によりドラム缶が膨れ「バン」と大きい音がして、まだすっきり目覚めてない頭を刺激する。夕べ、戻って来たコースをどんどん北へ向う。

午前535
高度3000mに到達。急にプロペラ音が静かになる。前方の視界はかなり良い。大場さんの所まで2時間42分で到着する予定。途中、クリームで包まれたようなたくさんの白い山を越す。所々に霧が出ているのが分かる。遠い谷間に霧が溜まっている。雲より密度が薄いような感じがする。

午前720
あと、1時聞10分。下を見るとビッチリと雲の海。ラス機長が無線で何か話している様子。こんなに雲があっては、補給物資のドロップ・オフ(投下)もできないのではと心配になる。

午前757
19分前、高度を徐々に下げ始める。高度2200m、ずっと雲の中。このまま雲が続くのか心配になる。やがて、900mまで下がってくると薄っすらと黒いリードが見えはじめ、どんどん視界がよくなる。雲の下はよく見えるようだ。これなら大場さんを見つけられる。目的地まであと4分。リードがたくさんある。副操縦士のマイクが進行方向左側を指差す。見つけたようだ。

午前8:20
左手に大場さんを発見。黄色いテントの前で手を振っている。上空を2回旋回した後、マイクが言う。「雪のコンディションが悪く。着陸できない。ドロップ・オフ(投下)しよう」。投下に必要な手煩を考える。忘れてならないのがメッセージだ。持参したメッセージの封筒の表に「滑走踏の状態が良くないので着陸できません」と走り書きをし、ダンボールにガムテープで貼り付ける。

マイクが風圧で戻されるドアを手で押して、私がダンボールを押し出すことにする。落とすタイミングを間違えるととんでもない所に落下してしまう。飛行機のスビードは時速100km以上だ。最悪の場合は、たくさんあるリードの中に落ちてしまう。合図は機長が機内の電気を点けたらすぐ投下する。私は後ろ向きなので見えない。マイクが「ゴォー」と声をかける。

押し出した瞬間ドアの金具に梱包したロープが引っかかって、食料が入ったダンボールが半分以上、外へ出たままになってしまった。「マズイ」。ドアはすごい風圧で荷は挟まったままだ。無理矢理落とそうと体を乗り出したとたん、私のかぶっていた毛糸の帽子が空に飛んだ。落ちていくのが隙聞から見えた。私でなくて良かった。挟まった荷を2人でなんとか引き上げる。また、旋回をする。次はマイクが足でドアを押す方法にする。1回旋回するのに暫くかかる。その間に投下する3分の1ぐらい出しておく。ドアから入る風がすごく冷たい。マイクは素手なので冷たそうだ。「手袋、必要か」と聞くと「大丈夫」だと答える。

30cm程、開いたドアから外を見ると飛び降りられそうな感じがする。今度はしくじらないでやろうぜと目で話す。「来た」。彼が足でドアを押す。私が持ち上げぎみに荷を押し出す。上手く行った。

次は燃料だ。これは小さいので上手く行った。残るは一番大きな21kgの食料の入ったダンボールと軽いが長いストックとパドルの入った荷物だ。マイクが「一緒にやろう」と言う。私が食料、彼がパドルを用意する。これが最後だ。2人共、緊張しているのがわかる。合図だ。それっという感じでほとんど同時に放り出した。いいタイミングだった。

時計を見る。午前840分だ。大場さんを発見してから投下終了まで20分かかった。この投下のために昨日の朝から無線で打ち合わせをし、途中まで来ては戻って、あっという間に24時間経っている。副操縦席に戻ったマイクがこちらを見てローパス(低空飛行)するぞと言う。最後の確認だ。白い雪の上に4つ荷物が見えた。すぐそばにテントと大揚さんが見える。安心した。ツインオッター機はすぐに上昇を始め、“じゃ帰るよ''の合図をするように翼を振った。

ユーレイカヘ向かうツイン・オッター機内にて 志賀