スポンサー企業の想い

スポンサー企業の皆様へ「いわき万本桜プロジェクト」への想いをインタビューしました。

志賀忠重氏  佐藤三平氏  志賀武美氏  ■蓮見正広氏  ■志賀由直氏
主催 東北機工(株)志賀忠重 

いわき万本桜プロジェクトを始められたきっかけは何ですか?  

今回の東日本大震災で原発事故が起きた時のことです。私の自宅は福島第一原発から40km弱の場所にあります。燃料棒が水面から露出したのを知ってから何日間も右往左往して逃げ歩いていました。
そしてだんだん原発事故も落ち着いて来てわかったことは、原発は万が一の事を考え、人の住んでいない場所に設置されたということです。
それと万が一の事態の想定もしてなかったということもわかりました。腹ただしかったですね・・
原発のある地域やその周辺は最初から犠牲になる地域に設定されていたようなものですから。その当時のどこにもぶつけようのない気持ち、そのエネルギーからいわき万本桜プロジェクトが生まれた感じですね。

CRV蓮見社長(左)と作業をする

よし、それだったら、世界のどこにもないような桜の名所をここいわきに作り上げて見ようと考えました。
20年近く前にいわきを訪れ、地平線プロジェクトを発表した中国人の芸術家蔡國強氏はいわきについて、「特別なものは何もない普通の田舎だから、魅力がある」と言っていました。
手作りの椅子

「いわきには綺麗な海があり山があり、豊かな自然があり、そして、おだやかな人たちが住む町だ」と言ってくれたところなんですね。
それが原発事故が起きた途端にガソリンがなくなってもローリーの運転手がいわきには行きたくない、品物がなくなっても誰も運んで来たがらない場所になってしまいました。私はこうなってから事の重大さにようやく気がつきました。世界中の人が、福島を近寄りたくない場所として覚えてしまったんですね。県の名前が頭についた原発は福島以外ないですから。
 
誰も好んでは来たくない場所が福島だと考えると寂しくなります。だから、いわきを誰もが来たくなる魅力ある場所にしたい。
私の中ではいわき再生のきっかけが、いわき万本桜プロジェクトなのです。

プロジェクトをやってみて、感したことは何ですか?

一番最初に気がついたのは、やっぱり、自分の故郷を愛している、自分の故郷に愛着を持っているという人がこんなにたくさんいるんだということですね。
その次に思ったのは、そういう故郷に帰れなくなった人の想いというものは、どんなものなのかということです・・・、大熊や広野の方たちの気持ちですね。
みんなの反省点は、一時の便利さとか、気持ちよさ、そういうものに心を奪われているうちに、大事なものを忘れていったということです。故郷がなくなって、ようやく気がついた。
 
また、東電の社長が被災地に謝罪に来た時、何故もっと腹を立てないのか不思議でしたが、結局はその怒りはうまい話しに乗ってしまった自分たちに帰ってくるだけで、あまり他人を責められないということだったのかなーと思います。人間、自分に非がなく、相手だけが悪いのであれば「ふざけんじゃねー!」となる。
 
だけど、お金をもらっていたりとか、だまされたっていうが・・「安全だ」という話に乗っかって、寄付をもらって作った設備などで、「浮かれていた自分」みたいなものがあるから、本気で他人を責められない自分がある。
 
もし、そうでなければ絶対安全ですと力説してほかの人たちの話しを聞かなかった東電の役員が謝罪に来たら袋叩きですよ。「帰さねーぞ!」みたいな。俺だったらそうしてしまいかねないですね。
結局、自分たちも賛成してこんな結果になってしまったので、怒りをもっても、自分の馬鹿さ加減に怒りを外には発散できない。だから考えるとどんどんくたびれていく。
これもわかったことのひとつですね

万本桜の今後のことについて・・・

具体的に植樹を始まってみると、いかに「万本」という数字が大きいかをひしひしと感じています。でも一方で逆にその数字を思うとやる気が増してきて、500本できるなら5,000本も無理ではないぞ、5,000本できれば50,000本もOKだ!

植樹を始めてから具体性が増してきて、手ごたえさえ感じています。 
解決できない問題はないなと思ってます。難しいと感じてきている部分はあるけど、それも全てクリアできるなっていう思いはあります。さらに参加している人が楽しくなるようなことを考えていくのが楽しみ。