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たいくつしのぎに家を建てる

 
アメリカから帰って仕事のない私は実家の隠居に居候し、数カ月たった。仕事をせず気が向くとハングライダーを車に積み空を飛びに出かける事もガソリン代がなく難しくなってきていた。

食べる事は農家なので困らないがガソリン代には困った。時々すぐ上の兄に小遣いをねだりガソリン代を調達してのドライブだった。この頃兄は、いわきでガソリンスタンドを始める為にそれまでいた東京を引き上げて来ており、半年後のガソリンスタンドオープンの準備中だった。

私は兄に貸しがあった。自分のガソリンスタンドをオープンする為に勤めていた会社を辞めたのだが、丁度オイルショックの時期で、新設スタンドの申請が認められないでいた。
私は知人にその話をした所、丁度辞めたスタンドの枠が1つあるという事でオープン出来る事になってたのである。

こんな事もあり時々小遣いをもらえたのだ、何回か兄の家に行く内に、一緒にガソリンスタンドを手伝わないかという話しが出た。
私は今後に何の計画もなかったので短い期間手伝う事を約束した。丁度このころ高校時代の友人、品川君が私の所へ転がり込んで来た。

勤めていた会社を首になったらしい。私が居候なのにそこにもう1人増えたのである、2人でぶらぶらしているのは、肩身が狭く、する事がないのはつまらなかった。
兄に相談した。「退屈している」と話をすると「家でも作ってみたら」と言われ、すぐその気になった。

私の実家には近くに山があり、くぬぎの木が植えてある。そこに「家を建ててみたい」と父に話した。父は「ふーん」と本気にしていないようだった。私は翌日には山へ行き、この辺に作ったらいいなという場所の松の木を切っていた。

その事を父に告げると父はビックリした感じで「それは家の土地ではないぞ、隣の敷地」だと言った。そういえば一直線に杉の木が植わっておりその木が隣の境界だったようだ。
 その夜、酒を買い隣の敷地の持ち主へあやまりに出かけた。こうしてあっと言う間に山小屋造りが開始されたのだった。


山小屋の材料は拾い物で

 
山小屋を作る事は決まったが、お金も無いし知識もない、大学は建築科を卒業していたが自分で家を建てる事は学んでこなかった。特に私はほとんど勉強しなかったので一からの出発だった、近くに一年先輩で大工になったタバコ屋の吉田さんがいた。

わからない事は聞くのが一番いいと思い、電話して会ってもらった、まず斜面に木のくいを打ち、頭を切り揃える、これが基礎になる。水平をみるには、ホースに水を入れてみる方法を教えてもらった。

次にこの上に土台をのせる、その上に柱を立て、その上にはりをのせ、その上に屋根を作る。柱の立てる間隔は一間(1.8m)に建物の四隅にはすじかいを入れる等。
基本的な事を教えてもらった。図面と呼べるものはなく設計図は、スケッチブックに家の絵を書いたものだった。

間口三間半(6.3m)奥行き二間(3,6m)7坪のワンルームだ、トイレや台所は外に作る事にした。絵を書く事で必要な物が見えて来る。柱等は実家にあった材料をもらう事にした。
 
 家を建てる道具は錆びたのこぎりとのみと金槌があった。のみで土台に柱を建てる
 穴を掘りはじめる事から始める、柱の絵を書き一本づつ出来たものから印しをつ
 けて行くのが日課となった。

 何日かすると品川君も手伝うようになっていた。家の解体している所にぶつかる
 と窓やドアを貰ってきた、古い水を入れるかめも手に入れた。水道がないから水
 をためて置かなければならない。

なにしろお金も全然なくて家を建てようとするのだから、ただでもらえる物、捨てられようとするものの情報を集めるのが勝負だ。天気の良い日は庭で大工仕事だった。

それを見てる人がいろいろな情報を教えてくれる。こうして品川君と2人で1日平均3時間くらい大工仕事をし、3ヶ月後には山小屋が完成した。

山小屋の建築総予算は15万円だった。一番高い買い物は、洋式便器で2万円近くもした。山の中でも快適に用を足したいと思い少し贅沢をした。
知り合いのタイル職人に頼んで床と壁にはタイルを張り、扉は便器に座って外が見
える高さにしてあった。全てが仕上がり、星空を身ながらのトイレは格別だった。


時間は全て自分の思い通りに

 
私の山小屋へは車では行けない。山小屋手前200m位の所に車を置き、左側がけ、右側畑の小さな道をゆっくり登って行く。
両側に生い茂った薮を抜けると山小屋が見えて来る。山小屋には幅1.5mのテラスがあり雑木で作った手すりが付いている。5段程の木の階段を登るとテラスの上に出る、そこに山小屋のドアーがある、ドアーを開くと右奥にいろりがあり鉄瓶が下がっている。

火を燃やす時の為に屋根にはひもを引くと開き空気抜けも付いていて、いろりの後ろの壁板は隠し戸棚になっており、湯のみ茶わんや急須が隠されている。

右手の一枚ガラスの窓は古いお店の90cm×180cmの引き戸を横に取り付けた部屋の中から見る外の景色は額縁に入った絵の様だった。
その窓の下には、使わない時には壁面にくっついてしまう客用簡易ベッドがある。入って左側には、私専用の一段高くなったベッドがあり寝たままで届く所に本棚があり、その横にぜんまい式の柱時計がついている。ベッドの脇には、冬になり寒くなってからつけたブリキのストーブがあった。

このストーブは、見た目はたいした事はないが山の中での暖房と調理には抜群の威力を発揮した。真冬でもストーブをガンガン炊けば30分もするとTシャツ一枚でいられたし、12時頃にまきを一本入れて置けば朝の5時頃まで暖かかった。

音楽が聞きたくなり、古いバッテリーといらなくなった車のカセットを修理し取り付けて楽しんだ。音楽を聞いたまま眠る心地よさを味わう為にタイマーを付ける事を考えた。
古い洗濯機のタイマーを取り外し、電源の回路の中に組み込んだ10分とか15分とかにセットすると、その後自動でスイッチが切れた。お金が無くても必要な物はほとんど作ったり手に入れたりする事が出来た。

この頃私は、お金を稼いでそれでいろいろ手に入れたり楽しんだりする事をせず、お金を使わずに楽しむ事を徹底して考えた。それがうまくいけばお金を稼ぐ為に働かなくてもよいのではなないか、そう考えれば時間は全て自分の思い通りに使えると考えたのである。