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手洗い洗車でステレオを売る(27歳 )


私たち兄弟と品川君の3人での仕事が始まった。別のガソリンスタンドに行っているお客様に来てもらう為に、私達の丸北商事の魅力を考えた。夜12時まで開けていることと無料での手洗い洗車を実行することにした。来店者全員の車を洗うのは結構きつかった。11月・12月の洗車は水が冷たく、本当に大変だった。

このサービスに最初喜んでくれたお客様も慣れてくるとあたりまえに要求してくるのである。そこでこのサービスを有効に生かす事を考えた。高額カーステレオを売ることにつなげられるかもしれないとひらめいたのである。今でこそあたりまえになっている高出力アンプ付きのカーステレオやアルミホイールは、その頃世の中に出始めたばかりだった。

まず、分割払いができるようにクレジット会社を呼んだ。それまではガソリンスタンドがクレジット会社と直接契約をしていることはなかった。タイヤメーカーのクレジットを使っていたため審査や支払い等がすごく不便だったのである。クレジット会社の担当者は市内のガソリンスタンドの中で直接契約するのは初めてであり、契約してもクレジットでの売り上げが上がるのかを心配していた。

市内では、カー用品を専門に売っている店があり、そこでは品揃えもしっかりしていて、かなりの販売をしていた。売れている店があるなら需要はあるし、どうすれば買ってくれるか、ガソリンスタンドに来るお客様の身になって、どうしたら買いたくなるかを考えた。最小限度の在庫をし、コンポーネントステレオを売ることから挑戦した。

お客様が来店すると、「いらっしゃいませ」と声をかけながら2人で駆け足で車へ駆け寄る。1人はカギを預かりガソリンを入れる準備をする。もう一人は、ホースときれいなタオルを持ってボンネットの上から洗車を始める。ガソリンを入れる係りは、お客様に「5分位で済みますので店内でお休みください」と声をかける。8割以上のお客様は車から降りて店内に入ってくれる。無料の手洗い洗車をする事で、5分間の営業チャンスをつくったのである。

物が売れるには、あとは欲しがってもらう事とこの店で買っても良いという信頼感だ。店内にはコーヒーメーカーが設置され、うまいコーヒーをすぐに出せるよう準備し、お客様はディスプレィから流れる素晴らしい音を自然に聞くことになる。ディスプレィの脇にはコンポーネントステレオの箱が積み重なっていた。一部は在庫で中身が入っていたが、残りほとんどは空箱だった。取り付けの済んだ空箱を捨てずに積み重ねたのである。これは増えれば増える程効果的だった。

空箱だと思わないお客様は、豊富な在庫と勘違いし信頼を持ってくれた。空箱と知った人も販売実績を目で認識する事で、この店で買う安心感を持ってくれたのである。ひとりが車を洗い、その待ち時間にもう一人が営業する。よい音を聞いてもらい、積み重なった箱で信頼感を生み、無料の洗車でサービスの良さを感じてもらい、コンポーネントステレオ販売につなげた。売れ始まると話し方にも自信がつき、思うがままに売れた。1日に4台も売れた時もあった。

1年後には4m×4mの壁が空箱いっぱいになった。燃やすために軽トラックに積んでみると3台分あった。同じようにしてタイヤやアルミホイールも売った。無料での手洗い洗車が辛ければ辛いほど闘志がわき、お客様か欲しくなる商品を考え展示した。こうして丸北商事は市内でも有数の高額商品の売れるガソリンスタンドになっていったのだった。



ヒゲをはやしてなぜ悪い!!(28歳 )


大学を休学して乗ったはえなわ漁船。3ヶ月の航海中、伸びたヒゲを剃るように言われたことはなかった。乗組員は15人で、15分の1の仕事を確実にこなせば、ヒゲなど問題なかった。大学を卒業し、勤めた会社を1年で辞め、アメリカ。伸ばしたヒゲをあれこれ言われる事もなかった。皆が自由に考え、責任を持って生きることが当たり前だった。日本に帰ってきて私も自分の思うとおりに生きてみたいと思い山小屋生活をし、ヒゲは剃らずに伸ばしていた。

その頃、まわりの若い人でヒゲを伸ばしているのはいなかった。私の場合、伸ばしているというより、剃らないので伸びてしまったという方が適当かもしれない。

山小屋生活では、風呂を沸かすのは1週間に1から2回だった。ヒゲを剃るのも面倒だったのである。ヒゲを伸ばしたままガソリンスタンドに勤めるようになっていた。自分では気にしてなかったが、たまに「いらっしゃいませ」と元気よくお客様を出迎えた時、私の顔をみてクスクス笑う人がいて、ヒゲを見て笑っているのかなあと思うくらいの感覚だった。社長である兄からも剃るようには言われなかった。

ある時、自動車整備士の資格を取るために、日本石油の主催する講習に参加した。1日目、2日目と順調に講習は進み、機械が得意な私は良い点で2級整備士に合格した。合格証書をもらった後、30数名の受講者を前に日本石油の担当者が訓示をたれた。

その担当者曰く。「この中にお客様よりえらい顔をしているような者がいる。それは客商売にはまずい。みぐさい。」というようなことを言い出した。最初は何を言っているのか分からなかったが、私のヒゲのことを指しているのだと気がついた瞬間、カッーと頭に血がのぼった。「お前に言われる筋合いはない。よけいなお世話だ。」と怒鳴ってやりたかった。しかし20代の私には言えなかった。心の中で「お前の出っ張った腹の方がみぐさいぞ」と怒鳴った。

講習から帰り、油を仕入れているS商事の支店長を呼び出した。「講習でヒゲをはやしているのを皆の前で言われて気分が良くなかった。お客様からヒゲがみぐさいと言われるのであれば考えもするが、ヒゲが商売のマイナスになっているとは思っていない。あの日石の担当者に謝ってほしい」と詰め寄った。支店長は年寄りらしく、「まあまあそんなに腹を立てないで。悪気があって言った訳ではないでしょう。」などと言い訳をした。この支店長も同類だなと思った。

私はそれ以来ヒゲを剃らなかった。いこじになってヒゲを生やしたままで20数年過ごしてきた。私はずっと営業という仕事に携わってきたが、顔を憶えてもらいやすいという長所と、なんとなくうさんくさく見えるという短所とがあり、損得どちらとも言えないのが私の感想である。

つい最近アフガニスタンのニュースを見た。タリバン政府は、男性にヒゲを伸ばさなければいけない決まりを守らせていたが、政府が崩壊してヒゲを剃って喜んでいる人々の顔がテレビに映しだされていた。たかがヒゲだが、伸ばすのも剃るのも強制されるのは気分が良くないものだ。できるだけ個人の自由が尊重される世の中がいいと思うがどうだろう・・。


太陽熱温水器 1ヶ月で24台販売(33歳 )

当初は1〜2年手伝うつもりで勤めたガソリンスタンドだったが、コンポーネントカーステレオやタイヤを売るのが面白くて、あっという間に8年が過ぎた。何度かこのまま一生スタンドで働くのかなあと悩んだ事もあった。その都度「何をやって良いのかわからない時は、目の前にある事を精一杯やろう。そうすれば、それが自分のやりたいことか、そうでないかだけははっきりする」と考え、勤めていた。

たまたま見た雑誌に、屋根に乗せて太陽の熱でお湯が沸く「太陽熱温水器」が紹介されていた。山小屋生活を5年近く経験していた私にとって、それは感動的なすごい商品だった。電気を全く使わずお湯を得られるのは、理想的だった。エネルギーを無駄にしないし、木を切って、割って風呂をたくのは重労働なので、それが解決されるを考えると気持ちをわくわくさせた。

社長に無理を言いサンプルとして一台購入し、ガソリンスタンドに設置した。晴れていれば夕方には丁度良い湯かげんで、車を洗車するのにはもったいない温度になっていた。見本を設置して初めての日曜日、来店した時興味を持ったお客宅を午前11時に訪問し、1時間位便利さと消エネになることを話した。購入には国の安い融資が受けられることを話して、難なく契約した。午後にもう1軒訪問して同じような営業をしてまた契約できた。1日に70万円近くの売上をする事ができた。

そのころは、自分の能力には気付かず、運がいいなーとしか思わなかった。翌日に社長へ2台売れたことを報告し、夜遅くまでの当番を無くして夜は太陽熱温水器の営業をしてみたいと提案した。社長は承諾してくれた。私は夕方までガソリンスタンドで働き、夜はお客様の自宅を訪問して、太陽熱温水器をセールスして歩いた。

山に住んでいた時のお湯のありがたさを話し、今使っている灯油やガスの消費が減る事を話すと売れた。2日目・3日目と連続して売れてくると、まぐれが続く恐さを感じた。夕方お客様宅に向かう車の中で、今日は売れまい、今日はだめだろうと不安になった。4日目、話しをしても売れなかった。なぜかホッとした。「そうだよな、昨日まではまぐれで売れていたんだよなー」と思った。

それが翌日には2台契約になり、あっという間に1ヶ月が過ぎた。合計してみると1ヶ月で24台も売っていた。このことがその後5年間で100億円の太陽熱温水器を売る会社を始めるきっかけになった。だが、この時はこんなに太陽温熱器が売れたらガソリンスタンドの灯油の販売量が減るのを心配した。1年半後に設立された太陽熱温水器販売会社には、延べ1000人近くのセールスが在籍し、販売台数を競ったが1ヶ月24台販売できるセールスは現れなかった。

人生の岐路 30秒で決断(33歳 )


1ヶ月24台の太陽熱温水器を売って考えた。私みたいな営業の素人が売れるのだから、他の人でも売れるだろう。たくさんの人数で売ったら売れるに違いない。ガソリンスタンドで限りある資源の油を売るより、エネルギーを節約できるソーラーを売るほうがおもしろく、世の中のためになる。30秒位考えて太陽熱温水器を売ることに決断した。

スタンドの業務から抜けて太陽熱温水器を売ってみたい・・と社長に話した。(有)丸北商事にガソリンスタンド部門とソーラー部門ができた。短い期間手伝うつもりが、ガソリンスタンドの店員を8年やっていた。これまで自分が何をしたいかわからなかったのが、ちょっとだけやりたい事が見つかったような気持ちがした。

翌日から営業マンを集め始めた。まず、川内村に住む友人の風見君が手伝ってくれることになった。また、ガソリンスタンドのお客様の中に、テラスの訪問販売をしている会社があり、この会社のセールスをしている大谷さんが次に加わった。

太陽熱温水器販売部門は、お客様から契約をもらい、取り付け工事は外注でやった。セールスに固定給はなく、契約をとって手数料をもらう歩合制だったので、販売セールスは何人いてもよかった。大谷さんの仲間に斎藤健君がいた。太陽熱温水器のセールスマンになる話を持ちかけると彼は乗り気になった。しかし彼は決断せず、仲間である「横尾さんがやるなら自分もやる」と言った。横尾さんはいつも皮ジャンを着ており、鏡を見て頭をなでつけるのが癖で、キザな感じがしてどちらかというと嫌いなタイプだった。

少し前には兄と私で作った手造りの商品ステージの角で革靴を磨いていたので「そこは靴を磨く場所じゃないんでやめてもらえますか」と横尾さんに文句を言ったばかりだった。この時横尾さんは何も言わずにそこで靴を磨くのをやめたが、私に対しても良い感情を持っていないのは十分想像できた。斎藤健君が言うには、横尾さんは営業にかけては神様のような人であり、今テラスの販売会社でも前の会社でも群を抜いて商品を売っていたとのことだった。彼が会社を動けば、他の人もみんな動くとも聞かされていた。私は横尾さんを説得するチャンスを待った。


一本のウイスキー(33歳 )


印象の悪かった横尾さんの事も、販売の神様のような存在だという斎藤健君の話しを聞いてから無口だけど妙に自信ありげで、マイナスの面の印象が一転し、もしかしたらすごい能力の持ち主なのかも知れないと思ったのだから不思議だった。

斎藤君と話した2日後、夜9時過ぎ横尾さんが斎藤君と一緒にスタンドへ立ち寄った。横尾さんは運転免許を持っておらず、営業の仕事は誰かに乗せられて現地入りをし、その後1人で行動して契約を取ってくるのだそうだ。私は斎藤君に話した事と同じ内容の話しを横尾さんに言った。

私でも1ヶ月24台売れたのは、太陽熱温水器が今、お客様欲しがっている商品だという事と、お湯を得るのに灯油やガスを使っている人は、太陽熱温水器をつければ必ずガス代・灯油代が節約になるので、その金額を購入資金にあてられる事を熱っぽく話した。横尾さんは私の話しを聞いた後、興味なさそうに「その話、斎藤君から聞いた」と言った。

私はめげずに、売れますからぜひ考えてみてくださいと言いきった。斎藤君も「これは売れるかもしれませんよ」と援護射撃をしてくれた。横尾さんは帰り際「考えてみるよ」と言ったので私はすかさず「後で家へお伺いしたいのですが。いいですか?」と聞いた。「いいよ」との返事でアパートの場所を教えてもらい、1時間後に訪問することを約束した。アルコールは全く飲まない私だが、手ぶらで訪問する事は失礼かなと思い、高額のウイスキーを1本買った。

横尾さんのアパートの中は思い出せないが、部屋には1枚の筆文字が額に入れられて飾られていた。「苦越」と書かれてあり、苦しみを超えるとの意味であることがわかった。これは横尾さんが自分で書いたとのことだった。私は単刀直入に「太陽熱温水器の営業をやってみませんか」と横尾さんに聞いた。

横尾さんの返事は、「やるのは良いが、いくらバンス(前借)さしてくれますか」という答えだった。私はバンスという言葉すら知らなかったので「それは何ですか?」と聞いた。よく売るセールスマンには、バンスという制度があり、前借りの全額を用意してもらえないと動けないというのだ。この金額の大きさがセールスの値打ちだとも説明してくれた。

額を聞くと、横尾さんは250万円、斎藤君は150万円だという。貯金のない私は、話はわかったが、「横尾さん、借金があるんですか?」と聞くと、全くないという、逆に今働いているところから貰えるコミッションが百数十万円あるとの返事だった。

訪問販売の業界を全く知らない私にとっては、バンスのことも多額のコミッションも初めて聞く話であり、狐につままれたような感じもした。しかし、横尾さんがうそをついているようには感じなかった。数分後、「それじゃ、私のところで仕事をしてもらって、1ヵ月後のバンスではどうですか?」と提案した。それに対し横尾さんは「わかった、それでは明日、私と斎藤君に50万円ずつ用意してくれれば明日から働こう」との返事が返ってきた。

1ヵ月後なら自分が販売した販売手数料と斎藤君・横尾さんの販売した温水器の手数料等でなんとか前貸し金が用意できるだろうと考えていたのである。しかし横尾さんからの「翌日100万円借りたい」という」申し出には困った。私は「わかりました。用意しましょう。」との答えに続けて、「もし用意できなかったらどうしますか?」と言ってしまった。

横尾さんは、「自分の人生を預ける人が、100万円のお金を用意できないならそれは能力の問題なので、その時はこの話はなかったことにしよう」と返事されると、私の腹も決まった。

そして、どのようにして明日の午後2時までに100万円を準備するかを考えはじまった。

根拠のない自信(33歳 )


100万円のお金の算段をいろいろ考えた末、父親に相談した。兄や他の人に話すと「それはやめた方が良い」と言われるような気がして、話せなかったのである。私にも不安がなかったわけではないが、横尾さんの言わんとしているセールスの値打ちとかプライドとかいう話が、なんとなくわかる気がした。

父親はありがたいもので、私が新しい仕事に使いたいとの説明をすると、多くの事を聞くことなく、農協で私の保証人になってくれた。午前中に資金の準備ができたのである。

約束の時刻、横尾さんのアパートへ行くと斎藤君が一緒に待っていた。100万円の札束を封筒から出し、何も考えず半分位を横尾さんに渡し、残りを斎藤君に渡した。「50万円ずつありますので数えてみてください」と何の疑問もなく言えた。間違いなく50万円ずつあると思えたのである。2人は同時に数え始め、斎藤君が「あれ!49万しかないよ」と言う。「いや、間違いなく50万円あるので、もう一度数えてみてください」と私が言う。再度斎藤君が数えると間違いなく50万円有った。不思議だった。なぜ自信をもって間違いないと思えたのか。不思議な気持ちがした。この事業の行く末を予感するようでうれしかった。

1ヵ月後、残りの300万円を前渡しすることもでき、3ヶ月後には、その前渡し金額も彼らの得た販売手数料により、全額返済された。その後セールスがたくさん増えるにつれ、お金のトラブルが続出したが、横尾さんと私の間で最初にこんなにスッキリしたことが体験できたのは、2人の関係を示す実に象徴的な出来事だった。

市 場 調 査(33歳 )


丸北商事の太陽熱温水器販売部門は、横尾さん・斎藤君がメンバーに新たに加わり、私を含め5名となった。横尾さんの市場調査をしたいとの意見で、2人で湯本の団地へ販売に出かける事になった。

私のそれまでに販売した30台近くの温水器を契約した人は、全て私の実家を知っていたり、ガソリンスタンドのお客さんだったりで、全く知らない人はいなかった。横尾さんからは、同じトークで全く知らない人に売るのは難しいと聞かされ、すごいプレッシャーを感じていた。

夜7時、季節は秋の終わりだった。ほとんど人通りの途絶えた団地のはずれに赤く塗装したホンダNVを止めた。黄色いハッピを着た横尾さんと私が車から降りたった。道路を挟んで横尾さんは左、私は右と分かれて営業を開始した。ここに来る前に、どうすれば見ず知らずの人に売れるかを横尾さんに聞いたが、「一軒ずつ全部もらさず家をまわる」と言われただけだった。

一軒目のドアを開けた。「こんばんは。太陽熱温水器の宣伝なのですが」と声をかけるのが精一杯で、その後の話などできなかった。次の家では「今、国の融資がでてるのですが」と付け加えるが、家にあげてもらうことなど、とうてい無理だった。そして、次の家、また次の家へと5軒もまわると自分の気持ちがどんどんなえて来た。晩秋の寒さが気持ちをどんどん冷たくしてくるような感じだった。

10軒・15軒と回るうちに「こんな夜に何の用事だ」と罵声をあびせられると泣きたくなった。それまで太陽熱温水器を30台近く売ってきた自信等、どこかへ吹き飛んでしまっていた。それでも横尾さんより早くは待ち合わせの場所へは戻りたくなかった。もう一軒、もう一軒と足をのばし、とうとうその団地の端まで来てしまった。

高橋さんという家の呼び鈴を押した。奥さんが出てくる。「○○○○の太陽熱温水器ですが、今キャンペーン中で宣伝に歩いているのですが、御主人いらっしゃいますか」と声をかける。奥さんが一度奥へ引っ込みすぐ出てきて、どうぞとスリッパを出してくれた。それまで回った家とは全く反応が違っていた。台所に案内されるとテーブルには御主人が座って私を待っていた。私は以前に販売していた時と同じように一生懸命話した。気がつくと1時間近く説明していた。

御主人が「それじゃつけてもらおうか」と聞いた。奥様も台所にお湯が出るので大賛成だった。私は「やった、売れた」と心で叫んだ。契約書をもらい、新しく出された熱いお茶を飲む頃には、数十軒訪問して断られたみじめさや情けなさは忘れていた。

高橋さんの家では、最近勤務先で、太陽熱温水器の話題がでており、興味をもっていたのだった。そこへ丁度私の訪問があっての契約だった。高橋様宅を出て時計を見ると10時を過ぎていた。車には先に横尾さんが戻っていた。契約にはならなかったと言う。営業の神様といわれる横尾さんが売れず、私が売れてしまい、何か申し訳ない気がして「前から欲しかった家にぶつかったみたいです」などと言ったりした。小さな軽自動車での帰り道、横尾さんは、「寒くなったなあ」と連発していた。

モ デ ル 地 区 (33歳 )


販売の神様といわれる横尾さんと斉藤君が販売スタッフに加わり、1週間が経つが、目だって太陽熱温水器の売り上げが伸びる事はない。既に支払った百万円の前貸しの事も、月末に約束していた追加の前貸しについても気にならない訳ではないが、私は、夕方にはお客様宅へ出かけ、着々と販売台数を積み重ねるしかなかった。

そんなある日、横尾さんが私に「モデル地区をつくろう」と持ちかける。ある小さな団地に営業をかけ、連鎖反応を利用して、太陽熱温水器を販売するのだという。その為に、その団地の自治会長宅へ一緒に推薦状を書いてもらいに行こうとの提案だ。

推薦状など簡単に書いてもらえないのではと思うが、横尾さんについて自治会長宅を訪問した。横尾さんは「国の省エネ推進のための太陽熱温水器販売なので、普及モデル地区がほしい。ぜひ協力してほしい。商品が良いかどうかは、会長宅にサンプルとして無料で設置させてもらうので、それで見極めてほしい。」と話した。

前から会長とは面識があったらしく、話はスムーズだ。会長は、「団地の皆に買ってくれとは書けないが、セールスの話を聞いて判断してほしい。」というような事を書いてくれることになる。同席していた私は、会長の気持ちが変わらぬうちにと、電話を借り、取付け業者に翌日のサンプル取付けを指示した。

会長から推薦状と団地内の名前入りの地図をもらい事務所に戻る。帰りの車中、横尾さんは、「明日から忙しくなるぞ。」と言った。この様な販売には短期決戦が必要だという。事務所に戻り、翌日からの作戦を立てる。

その団地は全戸数で108軒ある。販売期限は最長2週間。半分の戸数54軒に販売するのを目標にする。すでに1台分の太陽熱温水器は、サンプルとして無料で提供しており、もう後には引けない気持ちだ。翌日の現地午後5時集合を約束し、解散する。

翌日、団地の空き地に風見君・大谷さん・横尾さん・斉藤君・私と暗くなりかけた頃、集合する。皆に会長からの推薦状のコピーと団地内の名前入り地図を渡す。地図には各人の担当エリアが赤鉛筆で記されている。横尾さんより注意事項が話される。
    ・決して無理強いしない事。
      悪い噂が立ったらその時点で販売できなくなるからだ。
   自分のエリア以外には行かない。
  ・1人の担当先は20軒前後しかないのだから、確実に契約してくる事。
などを言い渡され、各自アタック開始。

自治会長の推薦状は、訪問時に見せると効き目があり、家に上げ話を聞いてくれる。私は丁寧に話を進める。スムーズに進み、1軒目から契約をもらう。もう1軒訪問する。大きな家で会社社長宅である。商売人らしく、契約までは届かず、時計を見ると午後9時半を過ぎており、「検討してください」との言葉を残し集合場所へ戻る。

1人戻り、2人戻り、最後の人が戻ってきたのは、それから1時間程経っていた。初日の成果は、5人で4台の契約だ。上出来だ。皆契約がとれて興奮気味だ。自分の持っている地図に、他の人の契約になった家を赤く塗りつぶす。契約の見込み有りは、赤く縁取りをする。108軒の名前の中に、赤く塗りつぶされたのが4軒、縁取りしたのが3軒ついた。

私は事務所に戻り、明日の太陽熱温水器取付工事の手配をする。それまで頼んでいた外注の工事業者は、びっくりした。急に太陽熱温水器の取り付け工事が忙しくなってきたからである。翌日も初日と同じ場所に集合し、販売に歩く。翌日が初日と違っていたのは、昨日の販売の実績だ。それがある分だけ自信を持って話せる。赤く塗りつぶされた地図も役に立つ。この日は6台契約になっり、翌日も5台契約になった。

こうして毎日のように契約が積み重なり、1週間後には30台を突破し、取り付け工事が全く間に合わなくなった。別の工事業者も頼まなければならなくなる。こうなってくると、お客様の中より「自分の家はいつになったら取り付けしてくれるのだ」との不満も出てくる。契約をするとすぐ欲しくなるのが人情であり、あまり待たせると契約がキャンセルになる可能性もある。横尾さんが「ひとつキャンセルがでると、なだれ込む危険性がある」と言うので、太陽熱温水器の屋根への設置だけ先に進める事にした。

私は朝一番、朱色ののぼりを数本準備し、前夜契約になった家の門口に立ててまわった。太陽熱温水器の配達業者にわかりやすくするためだ。こうして10日間で合計48台の太陽熱温水器販売の契約をとることができ、太陽熱温水器の普及モデル地区ができたのである。

すべての家の設置が終わり、その団地を見下ろせるすぐ脇の山に登ってみる。見事に屋根の上に太陽熱温水器が乗っかっていた。横尾さんが「こんなに売れたのは連鎖反応だよ。隣近所がつけると自分もつけなければという気持ちが働くから売れたのだ」と解説してくれた。

訪問販売を全く知らなかった私にとっては、一連の出来事は手品でも見るようなものだった。物の売り方、人の心理に少しだけふれた思いがした。それと同時に横尾さんの発想力・行動力・判断力のすごさも感じたものだった。

セールスが集まるのは・・・(33歳 )


モデル地区の販売が終わり、セールスも太陽熱温水器の販売に自信を持つことができると、その後は他の地区からも契約があがるようになる。特に山から撮影したモデル地区団地の屋根屋根に設置された太陽熱温水器の写真は、説得力があった。1枚の写真に写っている十数軒の太陽熱温水器は、お客様に安心感を与えたのである。

売れてくると不思議なようにセールスが集まる。口づてに売れる商品だというのを聞きつけ、太陽熱温水器を売りたいと集まってくるのだ。家具のセールスをしていた坂本さんが加わり、百科事典のセールスをしていた桜井さんが加わった。

3坪程のガソリンスタンドの更衣室を片付けて、事務所にしていたので、ミーティングをしようにも、座ることができなくなっていた。夕刊の募集で、新井さん、佐野さんの女性セールスも加わった。佐野さんは60歳近くのおばさんで、私は売れるのかなと疑問を持つが、横尾さんは、「月に2から3台なら売れるように指導する」と自信を持って言い切った。

横尾さんは、自分で営業部長という肩書きをつけ、セールスの指導を担当し、私は工事の手配とアフターを受け持つ事になる。横尾さんは、セールスの教育に私が口をはさむのを極端に嫌った。理由はセールスが迷ってしまうとのことだ。

それまで、全くセールスの経験がなかった女性セールスの新井さんと佐野さんに横尾さんが、セールストークを教える場面に同席した。事務所で私たちがお客様の立場になり、横尾さんがセールスをするのである。横尾さんの話の組み立ては見事だ。例えて言えば、網がどんどん狭まってきて、その網に気づき逃げ出したくなり、出たいと思って見つけた出口が「契約」という、そんな感じのトークだ。

押して、押してチョット引くというような、話の展開なのである。練習としてやっているのを分かっていながらも、契約の判を押してしまいそうな、お客様の気持ちになっている自分を見たのだった。私の組み立てるセールストークとは全く違い、正反対といってもよい。

横尾さんは、次々と入ってくるセールスマンに、マンツーマンで教育し、売れるセールスをつくり上げていった。特にセールスの経験のない人への教育はうまい。2週間かからずに、新人セールスマンに単独で初オーダーをあげさせた。

丸北商事に働くセールスが契約を取れ、収入につながることがわかると彼らは、友人・知人を呼んできた。太陽熱温水器の販売を始めて、わずか3ヶ月目には、セールスが十数名に膨れ上がった。このために、手狭になったガソリンスタンドの更衣室を出て、内郷駅前に事務所を構えることになったのである。